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南原20景

広寒楼苑

1景 広寒楼苑

春香伝の背景として有名な広寒楼苑は、我々の先祖が自然に順応し自然に近づこうとする思想を表現した空間で、神仙が暮らす理想郷を地上に建設した朝鮮時代の代表的名庭園であり、名勝第33号である。慶会楼、矗石楼、浮碧楼と共に韓国の4大楼閣に入るほどその作りが素晴らしい。

春香テーマパーク

2景 春香テーマパーク

南原市楊林道南原観光地内に位置しており(3万5千坪規模)、イム・ゴンテク監督の映画「春香伝」のロケ地を含め、愛をテーマにした観光地として造成した。 [春香伝]の純粋な愛を今日を生きる人々の心に刻み、過去の愛と今、恋愛を始める人々が愛の思い出を作れるように作った。出会いの場、盟約の場、 春香伝映画セット場、祭りの場等、愛の5つの庭で春香の一代記を再現している。

魂佛文化館

3景 魂佛文化館

崔明姫の大河小説「ホンブル」を記念するために作られた文化館である。南原市巳梅面露峰あん道に位置する。魂佛文化館は、展示館とコッシム館で構成されている。全て韓屋である。全て韓屋である。展示館には、崔明姫の直筆原稿と小説の場面を形状化したジオラマがある。コッシム館は憩いの場で、サラン室とヌマルがある。

国楽の聖地

4景 国楽の聖地

民俗の魂が宿る韓国の大切な伝統芸術「国楽」をさらに継承し発展させていくために智異山麓の雲峰邑に造成した。東便制を完成させ歌王とまで賞賛された宋興緑先生の生家と国楽展示体験館、独功室、野外公演場、国楽人の墓域、祠堂等が配置されており、器楽、正楽、明昌の寄贈遺物等が展示され、パンソリを始めとする韓国音楽のすべてを見て体験できるところである。

興夫村

5景 興夫村

南原市引月面から2㎞地点にあり、健康・娯楽・休息のために指定、造成された山林である。自然生態の地形を最大限活用した休養林で、まだ広く知られておらず静かなほうである。山の麓には、樹齢55年の朝鮮松の群落があり、山林浴にもよく、景観も素晴らしい。徳頭山の頂上から稜線に沿って約30分程登ると、ツツジで有名なバレ峰(1,167m)にたどり着く。

実相寺

6景 実相寺

智異山天王峰と向かい合っている寺で、新羅興徳王3年(828)に洪陟僧侶が建てた。新羅末期、仏法より参禅を重視した禅宗のいろんな宗派が全国名山に寺を作ったが、実相寺がこのように建てられた九山禅門のうち最初の伽藍である。丁酉再乱の時、全て焼失し、粛宗の時に建物36棟を建て直したが、高宗の時に火事に見舞われ、現在小規模の復旧が行われた。庵の藥水庵と百丈庵の文化財を含め境内には国宝の百丈庵、三階石塔、宝物11点等があり、単一寺院としては最も多くの文化財を保有している。

荒山大捷碑址

7景 荒山大捷碑址

李成桂が荒山で倭寇を倒した業績を記念し建てられた勝戦碑があった場所で、全羅北道南原市雲峰邑碑殿道にある。高麗後期には、倭寇が国境と辺境を侵し略奪することが多くなった。倭寇が智異山方面を集中的に攻めてきたため、朝廷では、三道通事・李成桂を送り倭寇を討伐させた。  李成桂は、義弟の李豆蘭と共に1380年(禑王6)雲峰邑花道里の荒山一帯で略奪行為を繰り返す   倭寇を完全に掃討し殲滅させた。この戦いを荒山大捷という。

万人義塚

8景 万人義塚

万人義塚は、丁酉再乱(1597年)の時、南原城戦闘で命を落とした民・官・軍1万人の義士の護国の魂が漂う聖なる場所である。朝廷では、南原城を死守するため全羅兵馬使・李福男将軍が率いる1千余りの軍と明の副摠兵・楊元の3千兵士に南原城を守らせた。敵は、8月12日、南原に到達し城を包囲し、13日から16日夜まで熾烈な戦闘を繰り広げたが、衆寡敵せず城民6千人を含めた1万人の義士は、血戦奮闘の末、壮烈に皆命を落とした。

万福寺址

9景 万福寺址

全羅北道南原市王亭洞にある高麗文宗の時に建てられた万福寺の跡地で、麒麟山を北側に置き、南側には広い平野がある野山に位置している。「東国輿地勝覽」権智39、南原都護府「佛宇條」を見ると、「麒麟山の下にあり、東側には五階殿があり、西側には二階殿があり、殿内には銅佛がある。長さが35尺(約10,6m)である。高麗文宗の時に創建された」と記録されている。また、朝鮮時代の粛宗の時に刊行された「龍城誌」の内容から万福寺には5階と2階建ての仏像のある法堂があり、その中には高さ約10mの仏像があり、大雄殿を初めとする多くの建物と数百人の僧侶がいる大きな寺であったと推定される。

夢心齋

10景 夢心齋

朝鮮後期に全北地方の上流家庭の典型的な家屋の形態をよく保存している家屋である。  南原で19番道路に沿って求礼方面に向かった後、再び60番道路に入り低い丘一つを越えると貯水池に沿って並んでいる松ノ木がある好谷村が見える。この村の内側に位置する。谷から流れた水が家の前を丸く包み込み流れる地点にあり、粛宗20年(1700)に朴東式(1753~1830)が山の麓の暖かい場所に建立したと伝えられる。

蛟龍山城

11景 蛟龍山城

百済時代に始めて築造されたと知られる山城である。南原市山谷洞(518m)蛟龍山にある。石で積み上げたこの山城は、周りの長さが3,120mである。高麗末と文禄・慶長の役当時、倭寇と戦闘が繰り広げられたところでもある。城内には、685年( 神文王5)に創建されたソンゴク寺がある。蛟龍山城は、全北記念物第9号として指定されている。山城一帯は、蛟龍山国民観光地として南原市民が多く訪れる。

南原郷校

12景 南原郷校

1410年(太宗10)に賢儒の位牌を奉安、祀り、地方民の教育と教化のために府の西側の   大谷山麓に創建した。享祀の度に虎の侵害があったので、1428年府の東側德蔭峰の下に移ったが、洪水の時、道が寸断されることが多く1443年に再び今の位置に移転した。

鄭嶺峙

13景 鄭嶺峙

鄭嶺峙は、高さ1,172mで 全羅北道南原市朱川面と山内面に渡って位置する智異山国立公園の峠である。峠の頂上の鄭嶺峙休憩所は、智異山を一望できる展望台である。東にはバレ峰とベムサ谷渓谷が、西側には天王峰と細石坪田、般若峰等と南原の市街地が一面に広がる。 智異山主稜線一百里が眺望できる。

新溪里磨崖如來坐像

14景 新溪里磨崖如來坐像

高さ3.4m、宝物第423号、南原代山面、仏像と光背は一つの石で彫刻された。独特な手印が精巧に表現されており、両手を腹に置き、左手は手のひらが上に向いており、右手は手の甲を見せながら人差し指と小指を開いている。量感が豊かな顔と身体に比べ各部分の細部表現が簡略であることから高麗時代に作られた仏像と考えられる。

鄭嶺峙磨崖如來佛

15景 鄭嶺峙磨崖如來佛

12具の磨崖佛の中には、大きさが4mのものもある。彫り上げられた顔が大きく表現されている点と体格が大きく服や手等、細部表現が簡略である点から高麗時代の磨崖佛の特徴がよく現れている。巨大佛を含めた3具の保存状態が良好で名文まで刻まれている点から磨崖佛の研究において大切な資料になっている。宝物第1123号として指定されている。

ベムサ谷渓谷

16景 ベムサ谷渓谷

智異山般若峰から半仙まで山の北斜面を流れる長さ14kmの谷で、智異山国立公園内にあるいくつかの谷の中で最も渓谷美が優れた谷の一つに選ばれる。全区間が奇岩絶壁でできているこの渓谷には、100人余りが一同に座れる広い一枚岩が所所にあり、およそ100の大小の滝と沼がある。 

九龍滝

17景 九龍滝

九龍滝は、智異山西側の万福台(1,438m)から始まり、南原市朱川面に流れ込む元川川の間に形成された九龍滝最上流に位置する滝である。元川川上流にあり源泉滝とも言われる。九龍滝の長さは約30mに及ぶ。しかし傾斜が急な絶壁を流れる直滝ではなく比較的緩やかな岩の面を流れるように落ちる緩やかな滝である。

九龍渓谷

18景 九龍渓谷

九匹の龍がいた場所といわれ九龍渓谷という。南原朱川面湖景村と高基村に渓谷が流れる。このように龍が登場する所はいつも並外れた美しい風景がつきものだが、九龍渓谷もやはりそうである。この渓谷の九龍滝は、南原必景に中で第1景に選ばれるほど美しい。渓谷の全長が4kmほどになるが、渓谷に沿ってトラッキングを楽しめるよう散策路が造成されている。

白頭大幹生態教育展示館

19景 白頭大幹生態教育展示館

智異山の象徴性と白頭大幹の歴史・生態・保存の最適地である南原に白頭大幹生態教育展示館が作られました。展示館には、韓半島の地図の形状から模って作った曲線の展示館の屋根の外観から、韓国の中心軸である白頭大幹の全てを知り見て体験できるいろんな内容物が展示されています。展示館の主要施設には常設展示館、企画展示室、湖南では初めて試みる5Dサークル映像館、カフェテリア等があり、付帯施設には野外公演場、昆虫温室、体育施設等があります。

白頭大幹休養施設

20景 白頭大幹休養施設

智異山白頭大幹生態教育場体験休養施設は、人が最も暮らしやすい高さの標高600-700mに位置しており、周辺の松の木から分泌されるフィトンチッドが豊富でヒーリングと休養、そして山林浴の最適地で、特に全国で初めて作られたツリーハウスは、地上2mの木に設置されおり、夏には虫の音色を聞きながら自然の美しさを満喫でき、ヒノキで作られ周辺で作られたフィトンチッドに囲まれながら熟睡できるはずです。

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